34 ひさしが美しいと書いて久美のブログ
田中正義を偲ぶ会 2021/2/28
福井に行ってきました。
取引先のタッセイさまの創業者の偲ぶ会
昨年の12月に亡くなられて
2/28日が100歳のお誕生日だったそうです。
お写真や遺品が展示されて
眺めているとジーンとなりました。
特に展示されていた生前のデスクにこの写真の眼鏡が置いてあって
さっきまで椅子に腰かけていらっしゃったような体温さえ感じました。
記念ビデオを見せていただきました。
会社を発展させて家族にもご子息にも恵まれて
77歳で思い残すことはないとおっしゃって
しかも99歳まで元気で長生きされて
素敵な人生だったことと思います。
タッセイさまは
私が岩井工業所で働き始めた頃は
田中正義商店といって金沢にも支店があって
その田中正義社長がこの方だったんですね。
献花台の誕生ケーキがおいしそうでした。
天国でゆっくり召し上がられたことと思います。
西洋菓子倶楽部
福井でケーキといえば西洋菓子倶楽部
せっかく福井にきたので
私も正義氏を偲んで100歳のバースデーケーキをいただきました。
おめでとうございます。
令和2年4月の会話
銀行担当者との会話
T氏(H銀行担当者29歳)
岩井工業所のホームページ見ました。
私
きゃあ!見たの?ありがとう。
T氏
岩井工業所のひさしは何がどう違うんですか?
私
素材が違う
そして作りが違う
T氏
そんなに違うんですか?
私
鋼板の厚みが違う
うちのは0.4mm使っているから
普通サッシメーカーのはわざわざ0.27mmとか薄い材料をエンボス加工して強度を出しているのだけで
うちのみたいに素材自体が厚みがあって強度があるというのとは違うの
T氏
そうなんですね
作りとは?
私
職人技の加工でていねいに作っているところ
全体を鋼板で仕上げているところ
サッシメーカーのは小口部分を樹脂で張り付けて仕上げているのです
T氏
するとどうなるのですか
私
長く使うと鋼板と樹脂を接着剤で貼り付けた部分から錆びてくるのです
うちのは鋼板と鋼板で加工しているので貼り付け部分というものがない
今はSGL鋼板というのを使っていますが
この鋼板メーカーというのが絶えず進化していて
自分で素材を開発するよりいい素材を仕入れてそれで作ればいい製品ができます
京都でひかりに会う
甥っ子S太郎の母校へ
S太郎は高校3年生
甥っ子S太郎の通う千葉の高校へ。
ビッグサイト展示会終了後寄ってみました。
中学1年から通う6年があっという間に過ぎてしまい一度行ってみたかったのです。
S太郎の通う高校は生徒たちがみんな可愛く素直でいい子たちばかり。
いい友達に恵まれて素晴らしい先生たちのもとで学べるS太郎は幸せです。
東京ビッグサイト出展しました
住宅ビジネスフェアに出展しました。
2016年5月26日27日東京ビッグサイト。
住宅ビジネスフェア出展しました。
多くのお客様が興味を持って小間に立ち寄って下さりキチンと話を聞いてくださいました。
今回は東京の取引先の方に多大なる協力をいただいて一人ではさばききれないほどの接客ができましたことを感謝いたします。
ひさしは永遠
毎年新潟県長岡市のスミックフェアに出展している私ですが以前から西山町の
田中角栄氏の生家に訪れてみたくて今回初めていってみました。
(搬入日は午前中に終了するため時間がある。)
西山町は現在は柏崎市と合併していてハイブ長岡から20kmくらいでした。
目白の田中邸から3回曲がると着くという田中角栄氏生家は西山ICから右折して左折すると道沿いにすぐです。
その裏手には田中角栄記念館や中国館、レストランなどあって角栄氏中心のまちづくりになっています。
しかしすごいな~角ちゃん。
私が総理大臣になったら能登ICを作って2回曲がったら私の生家みたいな道路を作ったと同じ。
そんな夢みたいな道路を作ってしまって、しかも新幹線だって能登町駅を作ると同じ。
なんて自分勝手なんだろう~。
さていかにも田中角栄氏生家は簡単にたどり着いた状の書き方をしましたが
実は迷いに迷って3回くらい角ちゃんの家の前を通ったにも関わらず分かりませんでした。
それで3回くらい前を通った道路工事の人に思い切って聞いてみたら目の前でした。
角ちゃんの家にはひさしの総合メーカー岩井工業所の製品が付いているとウワサで聞いていましたが
よく見るとそっくりではありますが昔ながらの大工さん手作りの品でした。
角ちゃんの家に行ってから角ちゃんのことが気になりネットで調べてみましたらとても立派な人ですね。
総理大臣だけでなく実業家としてもとても成功されていてあらためて尊敬しました。
昭和の名宰相です。私の父も尊敬していました。
(搬入日は午前中に終了するため時間がある。)
西山町は現在は柏崎市と合併していてハイブ長岡から20kmくらいでした。
目白の田中邸から3回曲がると着くという田中角栄氏生家は西山ICから右折して左折すると道沿いにすぐです。
その裏手には田中角栄記念館や中国館、レストランなどあって角栄氏中心のまちづくりになっています。
しかしすごいな~角ちゃん。
私が総理大臣になったら能登ICを作って2回曲がったら私の生家みたいな道路を作ったと同じ。
そんな夢みたいな道路を作ってしまって、しかも新幹線だって能登町駅を作ると同じ。
なんて自分勝手なんだろう~。
さていかにも田中角栄氏生家は簡単にたどり着いた状の書き方をしましたが
実は迷いに迷って3回くらい角ちゃんの家の前を通ったにも関わらず分かりませんでした。
それで3回くらい前を通った道路工事の人に思い切って聞いてみたら目の前でした。
角ちゃんの家にはひさしの総合メーカー岩井工業所の製品が付いているとウワサで聞いていましたが
よく見るとそっくりではありますが昔ながらの大工さん手作りの品でした。
角ちゃんの家に行ってから角ちゃんのことが気になりネットで調べてみましたらとても立派な人ですね。
総理大臣だけでなく実業家としてもとても成功されていてあらためて尊敬しました。
昭和の名宰相です。私の父も尊敬していました。
どのような時代になってもひさし(庇)は必ず役に立つもの。ひさしが無くなることはありません。
ひさしは永遠です。
ひさしが美しいと書いて久美の誕生
父と私とS太郎
この写真は5年前のもの。
現在高校3年の甥っ子S太郎が中学1年になる春休みに撮ったもの。
父はこの2年後他界しました。
私のお気に入りの一枚の写真になってしまいました。